月別アーカイブ: 2014年9月

医療現場こぼれ話~3~  とどめ

病院勤務時代に聞いた話

心臓注射という手技があります。、針の長さが6~7cmもあるカテラン針というもので、肋骨と肋骨の間から心臓まで刺して強心剤を注射するものです。いまは心臓の筋肉にダメージを与えることとそれ以外の方法があるのでまず行われないものですが、初めて見る人にとってはかなりダイナミックなものです。

癌末期の患者さんでも、呼吸や心臓が停止したら蘇生するのが当たり前の時代のころ。

がん末期のAさん。危篤状態になって家族がAさんを取り囲んでいるなかで、深夜に呼吸停止、心停止。駆けつけた担当医B医師は、すぐに心臓マッサージと人工呼吸を開始。そして、家族の見守る中で、  ブスッ!  と心臓注射。  しかしながら、その甲斐なくAさんは天寿を全うされました。

そののち、患者さんをお見送りするときに、ご家族からB医師に                                        「先生、こんな夜中に色々とありがとうございました。最後はトドメまでさしていただきまして・・・・」

医療現場こぼれ話~2~ 新サービス

大学病院での話

A看護師 看護大学卒業後ICUに配属 4年後外科病棟に転属になった直後の話                 入院患者Bさんの入浴介助をすることになった。入浴介助とは術後などで充分に動けない人を看護師が介助しながら入浴させることです。先輩看護師たちはキャリア5年目はもう中堅看護師なので、彼女に任せっきり。しかし、彼女はICUにいたため、入浴介助の経験はなし。

浴室に先に入ったBさんに、入り口で立っているA看護師が尋ねた                          A看護師「えっと、わたしはどうすればいい?」                                       患者Bさん「(サンダルを)脱いで入るんだよ」                                             これを聞いたA看護師はおもむろに白衣を脱ぎ捨て、下着姿に・・・                              そこへ先輩看護師Cさんが様子を見に入ってきて、ナースキャップに下着姿のA看護師を見て      絶句!

こんなサービスのある病院に私もぜひ入院したいと(笑)

ちなみに、A看護師さん とっても笑顔の可愛い子でした・・・

医療現場こぼれ話~1~ 前胸部叩打法

前胸部叩打法という治療法があります。これは、不整脈が出た際に、前胸部を強く叩くことで心臓に刺激を与えて、不整脈を止める治療法です。循環器科の先生に聞くと、いまはほとんど効果が無いということでやられることはまずないそうです。                                                一方で、心室頻拍(VT: Ventricular Tachycardia)という頻脈を起こす不整脈があります。これを放置しておくと心室細動という不整脈に移行して死に至る危険性がある重篤なものです。

 

大学病院で 研修医2年目のA先生の話                                                病棟のナースステーションで心電図モニターを見ていたA先生。突然、                        「VTだ!!」と叫んで、モニターをつけている患者の部屋に駆けて行きました。その部屋の扉を開けるやいなや、寝ている患者の胸部をおもいっきり拳で 「バーン」と叩きつけました。 すると患者は                                           「いてーな。先生、何すんだよ」                                                よく見ると、その患者の心電図モニターは外れかけていただけでした・・・・

”症状は長く、余命は短く”

母のクリニックを手伝っていた頃の話です。

風邪の患者さんに「今日一日は熱が出ます。場合によっては明日も出るかもしれません」と説明しました。

その患者さんが診察室を出て行ったあとに、母から「あの説明は良くないわ。”熱は2日間出ます。”と言い切りなさい」と言われたことがあります。私は当然「2日間熱が出るとは限らないから言い切るのはどうかな」と言い返しました。 すると「2日間熱が出ると言われて、1日で下がった患者さんが怒ることはないでしょ。むしろ先生には2日出るって言われたけど1日で下がってよかったって思うはずよ。場合によっては先生の薬が効いたお陰って感謝されることもあるわ。でも、その逆に1日で下がるっていって、2日間熱が出たら患者は心配するし、薬が効いていないんじゃないか、医者がヤブなんじゃないかって思うわ」といわれたのです。つまり、その症状が1日で収まると思っても少し長めにいっておくことが大切だということでした。

でも、すべての症状や予測を長くいえばいいわけではありません。短く言うべきなのは「余命」です。あと1ヶ月の命と言っておきながら、1週間で亡くなってしまったら家族にとってはがっかりするばかりか、医者に対して不信感をもつ可能性もあります。

在宅医療では病院から末期癌の患者さんが紹介されてきますが、病院の先生からちょっと長めの余命宣告を受けていることがあります。4ヶ月といわれていて、実際には1~2ヶ月だったりすることも少なくありません。そうしたなかにはご家族から私たちに不信感を持たれたり、在宅にしたのがいけなかったのではとご家族自身が後悔されることもあります。

私たち医療者のためだけではなく、患者さんやご家族の安心や後悔させないために、

”症状は長く、余命は短く”

なのだと思います。

”医者はすべての十字架を背負って生きなければいけない”

母からこの言葉を教えられたのは、小生がちょうど大学を卒業して医師国家試験の直後に実家に帰っていた時でした。

彼女いわく「昔、医者は千人殺して一人前になるといわれた。いまは医学も進んだから百人殺して一人前ぐらいかもしれない。としてもがあなたの前には百本の十字架ができることになる。そのすべてを後悔と反省の念とともに一生背負って生きなくてはいけない。一本たりとも置いて行ってはいけない」と。

当時は正直いって何をいっているのかよく判りませんでしたし、その後研修医から若手医師として忙しく働いているうちに、言われたことすら忘れていました。

そんななか、ちょうど医師になって10年を過ぎようとしていた時に、ある30代の女性を助けることができなかったという経験をしました。(この話はいずれこのブログで改めて書きたいと思っていますが)外来で診察し、自分で入院させ、本人家族に話をして手術することを説得し、そして執刀。術後に合併症を起こし、全身状態が悪化、約3ヶ月頑張ったものの助けられませんでした。

確かに重症の病気でしたし、十分可能性のある術後合併症によるものでした。しかし、だから仕方がないと言えるのかと・・・ 医師として10年経って、一人前になった気になって慢心していなかったか。全力を尽くして彼女の病態を理解し、可能な限りの対応をしたのか。改善方向に向かったときに気を緩めなかったか。

こうして考えると、いろいろな反省点が見えてきました。もっとやるべきことがあったし、もっと自分に技術や知識があったら助けられたかもしれない。もっと力を尽くすべきところがあったのではないか。もちろん、そうやったからといって助けることはできなかったかもしれません。しかし、助けることもできたかもしれないのです。このとき、10年前に母から言われたこの言葉を思い出しました。

「医者はすべての十字架を背負って生きなければいけない」

 

母が見落としていた患者の胃癌を私が見つけた時、一瞬顔を歪めたものの言い訳は全くしませんでした。「あなたの病院でしっかりと手術してあげて」と言われただけでした。 彼女が背負ったその十字架は、8年前に彼女とともに荼毘に付されたはずです。

女医だった母が教えてくれたこと(はじめに)

8年ほど前に亡くなった母は、田舎町で40年ほど開業医をしていました。

母は小生が子供の頃から多分医者にしたかったのでしょう。普段は非常に口数の少ない女性でしたが、医師としての心得から開業術まで随分と話をしてくれました。まあといっても当時は何を言っているのかよく判らなかったり、興味もなく聞き流していたりしていたことがほとんどでした。

また小生は、母が38の時に生まれた子であったうえ、人より2年長く勉強してから大学に入ったので、実際に母と一緒に働いたのは、医師5~6年目のころに3年ほど週に1回外来を手伝った程度でした。その時にも母からはいろいろと教えを貰っていたものの、当時は田舎の診療所の外来などには全く興味を持っていませんでしたから、あまりありがたいとは正直思ってもいませんでした。

40を過ぎてから昔々母から聞かされていたことを思い出すことが多くなってきました。今となってみると「ああ、なるほど」と思うことが少なくなく、親は亡くなってからありがたく思える存在なのかもしれないと思う今日このごろです。本ブログではこうした母が教えてくれたことを、母本人には感謝を伝えられなかった罪滅ぼしとして皆さまにご紹介できればと思っています。

ごあいさつ

このたび、僭越ながら「院長ブログ」を立ち上げました。

川崎市多摩区の地に開業して2年半が経ちましたが、いまでも毎日がバタバタしています。

外科医から医療コンサルタント、そして再び臨床の場へ在宅医として転身してきました。その時々は熱い思いをもって突き進んできたつもりですが、振り返ってみるとビジョンある人生だったかというと・・・ですね。

そんな中、コンサルタントとしての経験を踏まえた開業や運営に関することや、在宅医療を実践して思うことなどを書いていきたいと思っております。お時間のあるときに読んでいただければ幸いです。

鈴木 忠