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病気を見るな、患者を見ろ

「病気を見るな、患者を見ろ」                                                 これは多くの先人たちから常に言われる言葉ですが、本当に難しいことだとつくづく思います。 先日、ある老人ホームに入居していた90歳代後半の患者さんが白内障の手術をしてきました。施設の看護師さんやスタッフさんは「病院で視力が上がったと言われたみたいで、手術は成功したみたいです」と喜んでいる様子でした。                                                        ではとちょっと意地悪ですが質問してみました。「よく見えるようになって食事が美味しくなったですか」「テレビが見えるようになって、よく見ますか」「周りの人が見えるようになって、笑うようになりましたか」・・・・・答えは「変わりません」でした。 ある白内障の手術をしたことがあるご婦人にお話を聞いたことがあります。そのご婦人は非常に活発な方で、友だちとよく美術館に行ったり、麻雀をしたりされていたそうです。しかし、白内障になってだんだん外出をしなくなってしまいました。手術を医師に相談したこともあるそうですが、「まだ視力が0.4以上ある」と言われて経過観察となっていたそうです。いよいよ生活に支障が出るようになってから手術をされたそうです。たしかに手術をして見えるようにはなったそうですが、結局外出したり麻雀をしたりするような生活には戻られませんでした。                                                           つまり、ご高齢者は一旦生活活動範囲が小さくなってしまうと仮に病気が治ってもふたたび拡げることは難しいのだと思います。 実は以前コンサル会社にいた頃に白内障の治療について調べたことがあり、ここに大きな課題があることを知りました。と言うのは、白内障の客観的指標は視力になりがちです。しかし、視力と日常生活の活動性の範囲は必ずしも一致しないのです。 我々はつい視力など客観的指標に目が行きがちです。でも、実際に大切なことは日常生活にどう支障があるかということではないでしょうか。 人のことはついアラが見えてしまいますが、自分もどこかで同じことをしてしまっていないか・・・そんな自戒の念も込め書かせてもらいました。

生まれるも死にいくも、ひとの思いのなかにある

「人間は元来一人で生まれて 一人で死んでいくものである 」とは田山花袋の言葉だそうですが、これはまさに真実だと思います。しかし、生まれてくること、死んでいくことには、周りの多くの人の思いの中にあるのだと、最近つくづく思っています。

人が生まれるとき、確かに一人で生まれてきます。けれどもそこには両親や親族など多くの人の「思い」が存在するのではないでしょうか。                                                    そして死んでいく時も一人で逝くわけですが、そこには配偶者や子どもや友人などの多くの「思い」があるのだと思います。私たちは、生まれ方を自分で選ぶことができないように、死に方も自分の考えだけでは選べないものなのです。

在宅医療で死に行く方々を看取る時、本人の意志を尊重しながらも周りの家族の「思い」をどのように反映させるべきか、苦悩する毎日です。

”聴診器はおまじない”

私の体型をご存知のかたにはとても信じられないことかもしれませんが、子供の頃は非常に病弱でよく風邪を引いたり、インフルエンザになったりして学校を休んでいました。そういった時に、医師であるはずの母は一度も私に聴診器を当ててくれたことがありませんでした。

そんなある日、また風邪を引いて学校を休むことになったのですが、母はまた聴診器を当てませんでした。そこで、「なんで聴診器を当ててくれないの?」と聞いてみると、彼女の答えはなんと 「ああ、聴診器はおまじない。だからあなたにはあてなくてもいいの」と!

私が医者になって一緒に働いていた頃に、この話を母にしたところ、「そんなこと言ったかなあ」と笑っていました。しかし同時に、「おまじないは言いすぎかもしれないけど、聴診器を当てる前に、患者さんの呼吸状態や顔色や訴えを聞けば、聴診器を当てる前にどんな音がするか想像できなくてはダメよ。」と。さらに「でも、だからといって聴診器を当てないのはダメ。患者さんは聴診器を当ててもらうことで安心するんだから」とも。

なるほどと感心させられましたが、結局私には聴診器を当ててもらわなかったなあとも(笑)まあ考えて見れば、私も患者さんには必ず聴診器を当てますが、自分の息子に聴診器を当てたことはないなあ

人は本当に自宅で死にたいのか

私は訪問診療をやっていながら、「本当にひとは自宅で死にたいのか」という疑問を常々持っています。                                           世の中や政府が在宅に誘導する最大の理由は政府が行ったアンケート調査で6割以上の人が最期を自宅で過ごすことをのぞんでいるという結果からです。(よく在宅のほうが病院より医療費が安くなるからということをいう人がいますが、海外で在宅が進んでいる国では在宅のほうが医療費がかかるという結果がでており厚労省もそれは充分に知っています。)

 

けれども、自分自身を翻ってみて、どれだけ自宅にいたいものなのかということが実感できずにいます。一方で、こうした考えを持っていることで、患者さんへの療養方針に迷いやゆらぎがでていたのではないかと反省もしています。そして、この命題を考えた時に、こうした軸が乱れた状態をつづけていて本当に答えが出るとは思えず、もしかするとこのままでは自分が終末期になるまででないのではないかとも思われました。

 

では、どうすべきか。                                                          私の現時点での答えは、「徹底的に在宅にこだわってみる」ということだと思っています。                   「在宅では無理なんじゃないか」と思った時に、もう一度冷静になって「在宅がダメな理由はなにか」、「もっと何かをすれば在宅療養できるのではないか」ということを徹底的に考えることだと思っています。

医療現場こぼれ話 ~8~ 「舌出して。」

先輩医師から聞いた話

外来診察室で、30代前半の女医さんが、70代のおじいさんの診察をしていた時                               女医「じゃあAさん、舌出して」                                                おじいさん「え~、若い先生の前で恥ずかしいなあ」                                         女医「はあ、照れるような歳じゃないでしょ(笑)」                                                                するとおじいさんはおもむろに立ち上がり、ズボンと下着を下ろした。                                   女医「Aさん、なにしてるの!?」                                               おじいさん「えー、だって先生、『下出して』っていうから・・・」

泣いている暇があったら考えなさい

女医であった母の涙を見たのは、40年近いつきあいの中でほんとに数えるほどでした。

彼女いわく「女医だからといって泣いているようじゃダメ。泣いて患者が助けられるならいくらでも泣くわ。」と。                                  泣いている暇があったら、どうやったら患者が助けられるかを考えなさい。という教えでした。

「泣く」という行為は、どうにもできない運命の中で自然に涙が出て泣くことはもちろんあります。しかし、思い返してみると、そういったことは本当に数えるほどです。多くは、自分の思い通りにならなかったり、だれかに助けを求めたくて「泣く」という行為が起きているのではないでしょうか。

プロフェッショナルとはなにか。 当院の行動指針では以下のように定めています。

プロフェッショナルとは、顧客に対して自分たちの提供サービスの責任をもつことである。そしてその責任を全うするために全力をつくすことである。

とはいうものの、実行することは決して容易なことではありません。日々こうありたいと思い、診療にあたっています。

医療現場こぼれ話~7~ MGとMK

大学病院時代に聞いた話

いま病院の中で医師が使う専門用語は英語がほとんどですが、かつてはドイツ語がよく使われてました。      ドイツ語では、                                                          胃のことを Magen(マーゲン)                                               潰瘍のことを Geschwür(ゲシュール)                                          癌のことを  Krebs(クレプス)                                                 と呼びます。                                                           ですので、胃潰瘍は Magen Geschwür で 略して、MG、胃癌は Magen Krebs で略して MKと呼んでいました。

当時私のいた大学病院では、臓器別に病室が別れていました。また、週に一度主任教授回診というのがあり、教授がひとりひとりの患者の顔を見て回り、若手医師が患者の病状を説明していきます。

胃の疾患の人が入っていた4人部屋でのこと                                       若手医師「Aさんは MKです」                                                                若手医師「BさんもMKです」                                                            若手医師「CさんもMKです」                                                              若手医師「DさんはMGです」

回診後・・・・                                                                   Aさん「MKとかMGというのはどうやら病名らしいな。俺達みんな胃の病気って言われているから、Mが胃の意味だな」                                                                     Bさん「ということは、Kは潰瘍のKで、GはがんのGじゃないか」                                    Cさん「なるほど。そういえば俺は潰瘍って言われているよ」                                           これを聞いたDさんは、   「そうか・・・俺、癌なんだ・・」と落ち込んだそうです・・・・

 

医療現場こぼれ話~6~ ナースコール

研修医時代の話

研修医というものは、医学は勉強してきているものの臨床は全く経験がありません。ですから、経験のある看護師さんからはそれはそれは厳しいご指導をいただくわけです。そんななかでもとりわけTという研修医に厳しい看護師がいました。                                                    仕事の上では見返せない研修医としては、なんとかそれ以外でやり返したいと思っていました。

T看護師が夜勤の夜。個室の1号室(仮)は、その日の昼間に患者さんがお亡くなりになって、空室になっていました。

深夜。                                                             我々研修医は、医局からそおっと病棟まで非常階段を使い上がります。防火扉を開けると真っ暗の廊下の向こうに1号室。部屋の扉を開けると、窓からの光に浮かび上がるベッド。その枕元にはナースコール。そっと中に入った我々はそのナースコールを  「ぶちっ」  「プー、プー、プー」とコール音。それを確認したと同時に音を立てないように脱兎のごとく非常階段へ!

翌朝。                                                                 ナースステーションでは日勤の看護師たちと興奮気味に話すT看護師。                        T「きのうさあ、誰もいない1号室からナースコールがあったんだよ!」                        日勤看護師「そういえば、昼間にAさんがなくなってたよねえ、恨みでもあったんじゃない」             T「ええーー」

朝の仕事をこなしつつ、ほくそ笑む研修医たちであった。

ちなみに、その後患者のいないベッドのナースコールは外されるようになりました。残念。

”開業医の診療はザルの目の大きさが重要”

私の母はもともと小児科医でした。とはいうものの、昭和40年代のから50年代の田舎ではまだまだ開業医が足りないという事情もありましたから、専門の診療科だけを見ていれば良いなどという時代ではありませんでした。当時の実家の診療所には私の記憶では目を洗浄する器具やら、耳の中を見る道具など、内科や小児科以外のものがたくさんありました。                                           また、今で言う「家庭医」のような役割というのが当たり前でしたから、おじいちゃん、おばあちゃんから孫まで3世代すべてがかかりつけの患者さんなんていうこともよくあることでした。                                                         そんな中で母から教えられたことのひとつです。

開業医は”ザルの目”が肝心だと。                                                 儲けようと思ってザルの目を細かくするとザルの中には患者さんは貯まる。しかし、そうやって自分の専門分野以外や、専門分野でも開業医では難しい症例を抱え込むと必ず患者さんの命を危険に晒すことになると。一方で、心配だからといってザルの目を粗くして、あれもこれも病院やら専門家へ紹介してしまうと、ザルの中は空っぽになって生計が成り立たない。だから、”ザルの目が肝心”と。

そのザルの目を細かくするためには、無理なく患者さんを診るための知識や技術を身に付けるしかないのだと思います。そしてまた、自分自身の実力を良く知って、ザルの目を細かくするところと粗くするところのメリハリをしっかりつけることなのだと思います。

医療現場こぼれ話~5~ ジュース

研修医時代に先輩から聞いた話

当時は癌の患者さんにはほとんど病名を告知しない時代でした。術後に抗癌剤の治療をする時でも、「体質改善の薬」とか「潰瘍の再発予防の薬」などといって行っていました。                                当時、注射の抗癌剤で鮮やかな紫色したものがあり、よく使われていました。

一方で、研修医は先輩医師に言われるがままに、点滴したり注射したりと病棟を走り回る兵隊で、患者さんに病状の説明をすることなどありません。

癌で抗癌剤治療を受け始めたAさん。そこへ例の紫色の注射を射ちに来た研修医B医師。                          B医師「Aさん、それじゃあ注射しますね」                                                     Aさん「B先生、それ何の注射ですか?」                                                B医師 「ええっ」   しばし、紫色の薬が入った注射器を見つめたあと                                       「これ・・・  グ、グレープジュース!」