「人生の総仕上げとしての死」はありえるか

小学生の頃、中国古典哲学の権威でおられた常石茂先生という方に個人教授で国語を教えていただいていた。とにかくすごい先生で、未だに人生の師と思っているひとりだ。

週に1回、なにか本を読んで感想文を書いていくと、添削されたり、その内容について議論をされたりという授業だった。ある時、なにか「安楽死」がテーマになり、色々質問される中でノーベル賞作家の川端康成の自死におよび、 「あなたは、人生の総仕上げとしての死というものをどう思うか。」という内容を聞かれた。先生は川端康成が自分自身の作家人生の総仕上げの美学として自死したと捉えていたのではないかと思う。どう答えたかはもう40年以上も前の話なので殆ど覚えていないが、とにかく小学生の頃に学校でも塾でもこんな質問をされることなどないので、衝撃を受けた記憶がある。

 

いまだにこの質問を思い出し、死がどうあるべきか あるいはどう捉えるべきかということを考え直すことがある。正直、未だに答えを見出すことはできていない。

 

自分が本当にいろいろな人に助けられ、教えられて生きてこられていることに感謝している。(ちなみに常石先生が小生を弟子にしてくれたのは母のおかげであるが・・・この件もいずれブログでご紹介したい)